この日のメッセージは、
「高ぶりを捨てて謙遜になる。」
「神のみまえに、へりくだる。」
ことを教えて頂きました。
今回のメッセージの引用聖書箇所は多く書き留めるのに忙しかったのですが、とても解りやすかったです。
歴代志下7:14
《わたしの名をもってとなえられるわたしの民が、もしへりくだり、祈って、わたしの顔を求め、その悪い道を離れるならば、わたしは天から聞いて、その罪をゆるし、その地をいやす。》
ヤコブの手紙4:10
《主のみまえにへりくだれ。そうすれば、主は、あなたがたを高くして下さるであろう。》
イザヤ書55:6
《あなたがたは主にお会いすることのできるうちに、主を尋ねよ。近くおられるうちに呼び求めよ。》
※私は、祈り出るときに最初に「私は」「私が」とまず自分の事から、祈ってしまう時があります。
神さまは、私をこの時代、この地域、この場所で必要として、存在せしらめています。
と言う事は、神さまが私の主権者であり、神さまが、私を教育し、成長させて下さいます。
しかし、信仰が弱い、傲慢な私は、祈りの時に「神さま、〇〇〇して下さい。」と指示をしています。
「して下さい。」は、自分勝手な要求を存在せしらめているお方にしていることになります。
まず、感謝をもって祈り始まること。
通常、上司や社長に最初に自分の事からは話しません。
先ず、会社という組織の利益を前提で、報告から入り、指示を仰ぎます。
しかし、私は目に見える相手には、そういうことは出来るのですが(若い時は???自分のことから話してたかなぁ?(笑))、目に見えない主権者には、ついつい自分が上になって祈っています。
そんな姿勢の私の祈りを当然、神さまは聴きいれてくれません。
神さまに祈る時、先ず自分の事ではなく、先ず、神さまに情況を申し出て「み心を教えて下さい。」と尋ねることなんですよね。
でも、ついついピンチになると焦りと高ぶりにより「〇〇〇して下さい。」と祈ってしまっています。
イザヤ書40:31
《しかし主を待ち望む者は新たなる力を得、わしのように翼をはって、のぼることができる。走っても疲れることなく、歩いても弱ることはない。》
エゼキエル書33:11
《あなたは彼らに言え、主なる神は言われる、わたしは生きている。わたしは悪人の死を喜ばない。むしろ悪人が、その道を離れて生きるのを喜ぶ。あなたがたは心を翻せ、心を翻してその悪しき道を離れよ。イスラエルの家よ、あなたはどうして死んでよかろうか。》
申命記30:6
《そしてあなたの神、主はあなたの心とあなたの子孫の心に割礼を施し、あなたをして、心をつくし、精神をつくしてあなたの神、主を愛させ、こうしてあなたに命を得させられるであろう。》
イザヤ書55:7-11
《悪しき者はその道を捨て、正しからぬ人はその思いを捨てて、主に帰れ。そうすれば、主は彼にあわれみを施される。われわれの神に帰れ、主は豊かにゆるしを与えられる。
わが思いは、あなたがたの思いとは異なり、わが道は、あなたがたの道とは異なっていると主は言われる。
天が地よりも高いように、わが道は、あなたがたの道よりも高く、わが思いは、あなたがたの思いよりも高い。
天から雨が降り、雪が落ちてまた帰らず、地を潤して物を生えさせ、芽を出させて、種まく者に種を与え、食べる者にかてを与える。
このように、わが口から出る言葉も、むなしくわたしに帰らない。わたしの喜ぶところのことをなし、わたしが命じ送った事を果す。》
自分のハカリでは到底ハカリきれない神さまの大きさ深さ・・・
憐み深い愛あるお方だから、こんな私を赦し忍耐を持ってこのバカで傲慢な私を育てて下さっています。
【謙遜】と【へりくだり】
大事です!
通勤途中に撮ったバラです\(^o^)/
あまり、見かけない色のバラです。
近くに寄ると、とても良い香りです❤
